宝石の短剣

ミレトス。ここの市場は帝国の支配が厳しいながらも、それを潜り抜けてそれなりに賑わっていた。食料、武器、装飾品……何でもここでは売っていた。ここで一休みし、普段の厳しい戦争の疲れを癒せればと、ぼくは皆に少しばかりのお金を渡し、自由を一日与えた。普段厳しい環境で戦い抜いている彼らに、たまにはご褒美ぐらいないといけないとぼくが提案したら、オイフェやシャナンもすんなりと首を縦に振ったのだ。彼らもまた、そのように休憩を取るべきだと考えていたようだった。
みんな嬉しそうな顔でそれぞれ市場へと繰り出して行った。しかしラナはあまりいい顔をしなかった。
彼女は自己を犠牲にし、皆を癒すシスターという職柄からか、軍のお金を遊びに使うというのを嫌がったのだ。でもぼくはそういうラナにこそ息抜きをし、この街での買い物を楽しんでほしいと思っていた。首を横に振るラナを無視し、ぼくは彼女の手を引いて、市場に出向く。

「ラナ、ほらこれかわいいよ。きっとラナのふわふわの髪の毛に似合う」

アクセサリーの出店でかわいいのを見つかれば彼女に当てて、様子を確かめたり、おいしそうな食べ物があったら勧めたり。それでもラナはけして受け取ることはしない。黙って、ぼくの後ろを歩くだけだ。なんだかつまらない。せっかくのデートが全然成り立っていないのがぼくは寂しかった。

「ラナ、せっかくミレトスに来ているんだ、君に何かぼくからプレゼントさせてよ」
「しかしセリス様、そういうわけには参りません、私はシスターなのです。そういった贅沢はあまりよろしくないかと……それにこれは民衆から頂いたお金ではありませんか。こんな……遊びに使うなんて……」

まったくラナは律儀だ。確かに今ぼくたちが使っているお金は民衆から頂いたものだ。だけど、それは武器を買い揃えたり、必要最低限の食料を買うためだけに使うものではないとぼくは考えている。ぼくたちが息抜きをするために使ったって彼らは怒りはしないだろう。むしろそのお金を市場で使えば市場は潤う。潤えば、もっと発展し、いろんなものを作るお金に変わるだろう。お金はためておくべきものではなく回してくものだ。だからここで少しばかり使って市場のために……とも考えていたのだが、きっとラナは分かっていない。

「気にすることないよ。ラナはいつも頑張ってる。民衆の人も怒らないよ、ラナがちょっとかわいい格好したぐらいじゃ。むしろ喜ぶんじゃないかな。女の子はもっともっとかわいくなった方がいいってね」
「そういう問題ではありません、セリス様!そういうのはもっと適切な方が……ティニー公女とか」

もともとフリージの公女であるティニーを挙げ、自分が装飾品を得るのを拒む。どうしたものか。恋人にアクセサリーをプレゼントするぐらい、よくあることであるはずなのにラナはどうしても受け入れてくれない。神が、民衆が。そんなことばかり。でも気持ちもわからないでもないのだ。ぼくも今衣装だのなんだのプレゼントされたって困る。きっとそれと同じ。だから強要はできないのだ。ラナからありがとう、といって受け取ってもらえるものをプレゼントしたいのだ。
うーんどうしたものか。頭を抱えていると、ふと目に入ったのは武器の出店。並ぶのは鉄の剣、槍、斧など武骨なものばかりであったが、その中で一つだけ光るものがある。宝石の装飾のついた短剣だった。

「ねえ、おじさん、これは?」

すかさずぼくはその短剣を指さし、店主の気を引く。ぼくを見て、店主はセリス皇子とは気が付かなかったものの、戦士であるとは分かったらしい。追い払いはしなかった。

「ああ、これか!掘り出し物だ。どこかの貴族様のなんだがな……その貴族さん逃げるためのお金を得るために売っちまったらしい。で、回りまわって今ここで売られていると」
「ふーん。じゃあこれください」

きっと短剣なら役に立たないものはいらないなんて断れない。それに装飾も綺麗だし、女の子に渡すものとしては合格点ぐらいは得るだろう。

「まいどあり!このままでいいか?」
「ええ、ありがとうございます」
「セリス様……?このような短剣どうなさるのですか?セリス様の実戦用にはしてはとても……」
「これはラナ用。ラナへのプレゼントだよ」
「えっ……」

ぐいっと押し付ければ、ラナは勢いにつられて短剣を受け取る。慌てて返そうとするが、それをぼくは受け取らない。

「セリス様……私はシスターです。短剣だなんて……」
「うん、そうだね。シスターが短剣を持って誰かを殺すなんて、本当ならありえない話だよね。ラナもシスターだし、誰かを傷付けるを拒否するだろう。それでも何かあったら、その短剣を使ってでも生きのびてほしい。ぼくはラナを失うのは嫌なんだ」

思いつきのプレゼントなのだけど、これはぼくの本当の気持ちだ。もう誰かを失うのは嫌だ。何より愛しいラナを失うのは嫌だ。だから……だから……できることは何でもしたい。たとえラナにとっては残酷なことであっても、ぼくはラナを失うのだけは絶対に嫌なんだ。

「だからさ、これは受け取ってほしい。その短剣はぼくがそばにいられない時も君を守ってくれる……そんな気がするから」
「セリス様……」

ラナは納得してくれたのか短剣をぎゅっと抱きしめる。彼女の宝物のように、恋人のように。そのしぐさにラナへの愛しさがましてその場で腕に抱いた。
ぼくはやはり彼女が好きだ、愛してる。戦争の終わりはまだ見えないけれど、ぼくは……ラナと結婚して、幸せな生活を送りたいという気持ちでいっぱいになるのだ。

by.くちば
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