楽園の春

解放軍が久々に戦いの気配を感じないある春の日。セリスは草原に寝そべって、ゆったりと空を見上げていた。
こんな暖かで、穏やかな日は幼い日の記憶が目に浮かんで来る。
それは、とっても暖かく、柔らかで、幸せな記憶。
その記憶に身を任せるように、セリスはゆっくり目を閉じた。

「セリスさまー!」
草原に寝そべっていたセリスが身を起こすと、ラナがニコニコと顔を覗き込んでいる。
セリスより随分と小さいラナでも、こんな風に座った状態だと、見下ろされてしまう。なんだか不思議だけど新鮮な目線に、セリスはくすぐったさを覚える。
「ラナ、どうしたんだい、そんなにうれしそうな顔をして」
「あの、セリスさま、めをつぶっていてください」
可愛らしくおねだりするラナは、後ろ手に何かを隠している。実はチラチラと小さな花が見え隠れしているので、だいたいの想像は出来るのだが、セリスはしらばっくれつつ覗き込んでみせる。
「なにかなー?」
覗き込まれそうになったラナは慌てて身体の角度を変えつつ、セリスの目を逃れる。
「セリスさま、ズルいですよ、いいからつぶってください、ね?」
何がズルいのかわからないけど、これ以上ラナを困らせるとかわいそうなのでセリスはうなずいた。
「はいはい。つぶったよ」
「ちゃんとつぶってくださいね、ズルしちゃダメですよ」
なんとなく、ラナが自分の目を覗き込む気配を感じ、セリスは瞼をギュッと閉める。しばらくすると、頭にふわっと冷たいようなやわらかな感触を感じ、セリスは瞼を緩めそうになる。
「まだですよー、まだつぶっていてくださいね」
セリスが再び瞼に力を込めると、ラナの手が頭に載せられたものを少し動かして、ゆっくり手が離される。
「はい、いいですよ!」
目を開いても、特に何かが見える訳ではない。触るとなんとなく、花冠である事がわかる。確かめる為とは言え、今し方頭に載せてもらったばかりのものを下ろす訳にもいかず、セリスは首を傾げた。
「ラナ、これはなんだい?」
「王さまのしるしです! セリスさま、王さまになられるんですよね! だから、ちゃんと冠をかぶらないといけないでしょう?」
本当は何の花で出来ているものなのかを聞きたかったけれど、期待よりも素敵な答えに、セリスは笑ってラナの頭をなでる。
「ふふっ、ありがとう。じゃあ、ぼくもラナに冠をあげないとね」
言いつつ、セリスは花を摘む。花と花を組んで茎を編んでいく。
「どうしてですか?」
「だって、ラナはぼくのおよめさんになるんだから!」
「え、そ、そんなの、まだまだわかりません……」
元気いっぱいにセリスが言うと、ラナは顔を赤らめて、声を小さく身を縮めた。
「いいや、ぼくはきっとそうしてみせる! 大きくなったら、立派な王様になって、隣にはラナ、きみにいてほしいんだ!」
そこまで言い切ったセリスに、ラナは先ほどの顔の赤さは緩み、クスクスと笑い声をもらす。
「セリスさまは、お気が早いですね」
「ラナだってそうだろう? いつ王になるかわからないぼくに、こんなふうに冠をかぶせてくれるんだもの」
「それとこれとは、ちがいます!」
「違わないよ」
「ちがいますよー!」
そんな他愛のない言い合いをしながら、笑いながら花を編んでいく。


「セリス様、セリス様ったら!」
微睡みの向こうから呼びかけるような声に目を開くと、ラナが自分の顔を覗き込んでいた。
「セリス様ったら、こんな所で眠られては、お風邪を召してしまいますよ」
あれからラナの背は伸びたけれども、自分もまた背が大きくなり、やはりこんな風に見下ろされるのはいつもと違った感じでくすぐったい。
「ふふ、ごめん、ラナ。日差しがあまりに気持ち良かったからね。ついついウトウトしてしまった」
「全く、こういうのん気な所は、子供の頃と同じですねセリス様」
「ラナはすっかり逞しくなっちゃったけどね」
あの頃のように、可愛らしく微笑みかけてくれるかと思ったら考えが甘かったらしい。何時の間にラナはエーディン顔負けの口煩さと自分をあしらう術を身につけたんだろう。
「当たり前です、のんびりしていては解放軍のプリーストは務まりません。ただでさえ人手が足りないんですから」
「でも今日くらいはのんびりしようよ。いや、仕事を休め。これは指揮官命令だよ」
「いいえ、今のうちにやっておかないと、次の戦いの為に準備しないといけない事がたくさんあるんですよ」
指揮官権限をちらつかせても即刻却下され、セリスは口を尖らせる。
「ええー、つまんない。久々にラナとゆっくり出来ると思ったのに」
「わがまま言ってるほどの暇はないのですよ。それじゃあ、私は戻りますけれど、この辺りが全くの安全という訳ではないので、単独行動は謹んで早く戻ってください。帰りがけに兄に知らせておきますんで」
案外、レスターか誰かが自分を探して、ラナがここに来たのかも知れない。足早に去っていくラナを追うにはまだ寝覚めが足りず、セリスは辺りを見回した。
そこにはあの日と同じように、野の花が咲き乱れている。
あの頃は何もわからず、ただ希望だけがあった。しかしその暖かな思い出が、これまでの自分を支えてくれたんだと思う。
そうだ、花冠を作ろう。戻ったらラナに被せよう。
あの日に作った花冠は確か上手くできずすぐに崩れてしまったけれど、今度は上手くいくはずだ。
頭に花冠を載せて自分に微笑みかけるラナの顔を思い浮かべながら、セリスは花を編んでいった。



by.Hito


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